お金をかけずにネットの無料の情報で甘んじている現代人ってケチなんじゃない?

 ふと立ち寄ったとあるブックオフで、齋藤孝氏の『読書のチカラ』という本を立ち読みした。内容は読書をしなくなった現代人に対し警鐘を鳴らしながら、読書の素晴らしさや読書術を解くといったもの。いつもの斎藤節だ。

 面白いなと思ったのが、インターネットのほうが本を読むよりも手っ取り早く情報は集めれるが、その膨大な情報量のツールを使いこなすためには、読書の下地が必要といった主張。斎藤氏がインターネットのほうが手っ取り早いと言い切ってしまうのが、なんとなく意外ではあったが、確かになとも思った。必要なことを調べるのにはネットのスピード感は超便利だけど、本質的なところから物事を理解するためには数時間から数日間かけて本を読んだ方が結果的には早く知識が身につく。
 例えばジャガイモの茹で時間を知りたければ、スマホでピピピと検索すればすぐに解決する。しかしジャガイモを茹でた時のあげた時、どちらが栄養素が失われないなど、もう少し根本的な知識を体系的に学びたければ、本を読んだ方が早い。多分ネット上にはまともな情報もないだろうし。

昔の方がよっぽど情報に金かけてた?

 ところで、である。多くの知識人が散々言っているように今時本を読む人はそう多くない。多分雑誌すらあんまり読まれないんだろう。だから現に雑誌が次々と廃刊になっているくらいだし。本や雑誌をわざわざ買わなくとも、インターネットでタダで情報が手に入る。そう思っている人は少なくないだろう。
 ただこれってネット以前の本を読むくらいしかなかった時代に比べて、よっぽど情報や知識にかける金が少なくなったのではないか? 言い換えるならば、情報に対してよっぽどケチになった。だって無料の検索結果で済ませているんだもの。

 いやまあ、この主張は少しばかり自分のことは棚に上げている。タダで使える図書館のヘビーユーザーだし、文庫本以外新品の本を買うことはほとんどなく、決まってブックオフ百円から数百円の本を嬉々として買っているから、僕だってケチである。出版社や著者の利益にはまるで貢献していないのだから、同類である。
 とはいえである。昔は金を出して買っていた情報や知識を、無料で済ますことに甘んじている現代人。だいぶケチである。

犬が書いたページかも……?

 そして忘れてはいけないのは、その無料で手に入れられる情報というのが、量的には勝っていたとしても、質的にはだいぶ劣るということ。なんて言ったって、その情報を公開しているのは基本素人だ。それは大概が得体の知れない素人だ。ネット越しの書き手の正体を知ってしまったらひどく萎えてしまうかもしれない。
 先日読んだ『SNSって面白いの? 何が便利で、何が怖いのか』という本で、1993年に発表された「On the internet, nobody knows you’re a dog(インターネットでは誰も君を犬だと思うまい)」という一コマの漫画があると知ったが、まさにこれだ。(なお、1993年当時はまだHTMLを駆使してサイトを作れる人しか発信していなかったのだから、今よりはまだだいぶマシな状態だったとも言える。)

宣伝をシェアしまくるおじさんたち

 また、新聞社やプロの物書きがネット上に公開しているものは、基本宣伝である。
「どうでしたか? この記事が面白かったら私の本を買ってね / うちの有料記事を購読してね」という趣旨の宣伝である。(そしてその宣伝がうまく機能していなく、彼らが四苦八苦しているのは言うまでもない)
 なんということか、Facebookで新聞社の有料記事の一部(無料で読める範囲)を読んだだけで、一、二行のコメントを添えてせっせとシェアしていたおじさんたちは、だいぶケチな人だったのだ。例えるならば食品売り場の試食を一口食べただけで、その食品の批評を偉そうに吹聴する感覚か?

 前述した『SNSって面白いの? 何が便利で、何が怖いのか』の著者・草野真一氏によると、エコノミストたちはインターネットを経済的には失敗だったとみなしているとのことだ。あまりに進化する速度が速すぎて、適切な市場を形成できなかったからだ。なんて言ったってここまで便利なものを無料にしちゃったんだから、弊害は大きいだろうなと思う。

終わりに

 なんとなく手に取って立ち読みした本(これもまたケチである)がきっかけで、近くのマクドナルドで書き上げた記事。あれこれ書いてしまったが、主題は極めてシンプルで、「無料の情報でなんでも済ます現代人ってだいぶケチじゃない?」。
 僕だってケチだが、せめて本当に学びたいことはちゃんとお金を使った方がいいなとも思っている。なんと言ったって、読書ってめちゃくちゃ「コスパ」がいいんだから。