【書評】人工知能ブームがこれで三回目って、知ってました? 人工知能が人間を超える日よりも恐いもの

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人工知能は人間を超えるか (角川EPUB選書) / 松尾豊著書評

 「完全な人工知能を開発できたら、それは人類の終焉を意味するかもしれない」

 つい先月亡くなった宇宙物理学者のスティーブン・ホーキング氏は、人工知能に対しこのような警鐘を鳴らしていたと聞く。

 テスラ・モーターズのCEO・イーロン・マスク氏やマイクロソフト創業者のビル・ゲイツ氏たちも、人工知能脅威論を唱えている側の人間なようである。

 「近い将来、人間の仕事の大半は、機械によって奪われる」といった人工知能脅威論は、いつからか頻繁に耳にするようになった。最近では、「仮想通貨」の方が幅を効かせているとはいえ、「人工知能」「AI」といったワードは、お茶の間にもすっかり浸透している。

 ちょうど1年ほど前、評者自身も大学のイベントでドイツ人留学生達たちと共に、「人工知能が将来、人間の仕事を奪うか」という議論を、クソ真面目なツラしてやった。当然、科学に疎い文系学生の集まりだったため、大した主張は出なかった。しかし、

  • 人間の創造性というのはそんな単純なものではないから、そのような未来はありえない
  • 人間は働くために生きているのではないから、そのような未来はむしろ歓迎するべき

などといった、面白い意見は聞けた。

 こういった、所詮「私は〜と思う」といった議論でさえ、日本人学生同士では話せるものではないから、おおいに刺激的で楽しかった。特に後者の意見は、ベーシックインカム導入の是非が真面目に議論されているような、ヨーロッパの人間ならではの意見だなと感じた。

 ところでそもそも、この人工知能って、一体なんだろう? お掃除ロボットのルンバやウェブアプリ、はたまた最近では電動シェーバーにまで人工知能は入っているらしいが、あれって一体何? 奴らが将来、僕らの仕事を奪っちゃうの?

 本書はそんな、よく聞くけど実体を正しく把握できていない人工知能というものを、正しく理解するための一冊だ。やたらと騒がれている人工知能や、その研究目的を知ることによって、家電メーカーの下手なマーケティング戦略に踊らされることもなくなり、また、むやみに人工知能を恐れることも、馬鹿らしくなる。

 なんて言ったって、本当の意味での人工知能は、まだできていないのだから。

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人工知能ブームは今回で三度目

 人工知能のブームは、かつて二度あった。昨今の人工知能ブームは、三度目である。これを聞くと、結構多くの人は驚きではないだろうか? 少なくとも評者は、呆気にとられた。

 かつて二度起こった人工知能ブームは、それぞれ1960年代と1980年代に起きた。そして、いずれもブームが去った後は、人工知能学者にとって「冬の時代」となった――。

 しかし、考えて頂きたいのは、こんな大昔前から、人工知能というものが考えられていたということだ。日本のインターネット元年と言われているのがWindows 95が発表された1995年。それよりもずっと前から、研究者たちは人工知能というものに夢を抱き、また破れ続けているのである。

 著者の松尾氏は、人工知能という言葉自体を「ある意味フロンティアを指す言葉でもある」と表現し、人工知能学会のことを、「永遠の青年学会」と書いている。なんだかこれだけでも、人類を脅威に陥れる人工知能の学者というイメージが、だいぶ崩れる。

 そもそも人工知能研究とは、何を目指す学問なのだろうか。本書によると、「人工知能研究者の多くは、人間の知能を『構成論的』に解明するために研究をしている」という。つくってなんぼ。人間の知能というものを、実際につくることで理解する。人工知能研究とは、われわれ人間の研究をも意味しているのだ。

 理屈は単純で、「人間の知能をコンピュータで実現できないはずはない」――。なぜなら、人間の脳の仕組みは、紛れもなく電気信号と一緒だからである。そのことが提唱されたのが1956年。このとき、人工知能(Artificial Intelligence)という言葉も誕生した。以来、研究者たちは「できないはずはない」ものの実現のために、60年間研究を続けているのである。

人工知能よりも恐いもの

 本物の人工知能はまだできていない。ブーム自体、かつて二度もあった――。じゃあなんで、このタイミングで三度目のブームが訪れたの? その理由は、 50年来のブレイクスルーである「ディープ・ラーニング」という新しい技術が、2012年に注目を浴びたからである。

 しかしそれを、人工知能の完成や、人工知能の実現は間近と結びつけるのは早計で、むしろ過剰な期待は危険であると、著者は述べている。今は実際の能力以上に人工知能は期待されてしまっている。一般の人々にも、人工知能を正しく理解してもらい、その上で人工知能の未来にかけて欲しい。本書の一番のメッセージはこれだ。なぜなら、「実現できないはずはない」から。

 本物の人工知能はまだできていない。そのような事実を知った上で、日本のトップクラスの人工知能研究者のこのような願いを聞くと、人工知能脅威論というものが、いかに馬鹿げているかがわかる。

 じゃあ、それよりも心配するべきことは? 本書で述べられているのは、

  • 人工知能が軍事利用に活用されること
  • 人工知能技術を特定の企業に独占されること

である。

 前者は、そもそも米国では人工知能研究の巨大スポンサーとして、DARPA(ダーパ / 米国国防高等研究計画局)が存在している。それはつまり、軍事面での人工知能の可能性に期待されているということである。余談だがインターネットやiPhoneのSiriも、もとの技術となっているものは、このDARPAのサポートによって誕生している。

 後者は、人工知能技術というもの自体が、いわゆる、PCやスマートフォンのOSのように、特定企業の独占技術になってしまった場合、他の企業や個人の開発者は、それらの企業に依存する他なくなってしまうという警鐘だ。

 今だってNECだろうが富士通だろうが、パソコンというものを作れていても、それを動かしているOS (基本ソフトウェア)は、Microsoft社のWindowsを利用する以外、道はない。(Linux標準搭載PCというのも、日本ではなかなかないし)

 日本はものづくりの国だから、ハードウェアを作ることには長けていても、ソフトウェアをつくることは苦手だから、ここは大きな弱点だ。実際、人工知能をロボットと同一視している人が多いことも、このソフトウェアが苦手な問題に行き着くのではないだろうか(たしかに、目に見える物理的な物がないと、理解しにくいというのはわかるが)。

 また、スマホアプリの開発者たちは、いかに優れたものをつくろうが、AppleやGoogleに気に入られなくては生き残る術がない。なぜなら彼らがつくったアプリを実際に動かすためのiOSやAndroidといったものは、それぞれAppleやGoogleの独占技術だからである。まだAndroidには抜け道があったとしても、日本人の大好きなiPhoneなんて、ガチガチに固められている。

 結局のところスマホアプリの開発とは、AppleやGoogleの顔色を伺いながら商売するのと、同義語なのである(反感を買いそうだが)。

 これらPCやスマホのOSと同じように、人工知能という基本技術が、特定の企業に独占されたら――それは、PCやスマホなんかとは比べものにならないくらい、深刻な事態になる。なぜなら人工知能は、今後すべての産業領域に関わる技術となるからである。

人工知能脅威論とは? なんでそんなに、それを喧伝するの

 「今後10年から20年ほどで、IT化の影響によって米国の702の職業のうち、約半分が失われる可能性がある」――2013年にオックスフォード大学が報告した研究などによって、人工知能脅威論は広く知られるようになった。

 しかし、今ではこのオックスフォード大学の論文にも、充分すぎるほどの反証論文も提出され、もはや過去のものとしてみなされている。

「AIが仕事を奪う」への疑問 いま、“本当に怖がるべきこと”は
「人工知能が原因で失業する」。しばしば、AIはこうした脅威論の文脈で語られることがある。AIは本当にそこまで怖いものなのだろうか。

 でもそのわりには、未だ人工知能脅威論は語られても、それに対する反対論はなかなか取り上げられない。なんで?

 これはきっと、都合が良いからだろう。人工知能脅威論が。経営者や資本家にとってみれば、人工知能脅威論さえ唱えていれば、好きなだけ労働者をコントロールできる。グローバリゼーションと同じだ。

 「インドだと、この値段だから」「中国なら、もっと安くできる」――そう言ってグローバリゼーションを口実に、労働者をぶっ叩き、はたまた解雇の理屈にまでしているように。

 「だって、人工知能が代わりにできますから」――これほど強力なマジックワードも、他にないだろう。それに、インド人や中国人と違い、人工知能にはわずかな報酬さえいらないのだから。 「人工知能に出来るなら、仕方ないか……」と、労働者側だって、なんとなく納得してしまいそうになる。

 人工知能を理解することは、すなわち人間の価値を理解することとなる。本書を手に取った際には、思いもよらなかった考えを、評者は最終的に抱いた。本書は科学技術に疎いあなただからこそ、読むべきである。自分の将来に対し、不必要な危機感を抱かないためにも。

 「人間の創造性は、そんな単純なものではない」――本記事冒頭に書いた、ドイツ人留学生の言葉はつまるところ、本質を語っていたらしい。

 今の僕達に最も大切なのは、その創造性をいかにして失わず、また囚われないで考えていくべきか。それは、人工知能を恐れることなんかよりも、よっぽど大切なことなんだよ。

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