今時のブロガーぽく振舞うのは簡単だ。ホリエモンとメンタリストDaiGoを引き合いに出せばいい。
なんて、随分と嫌味ぽい書き出しになってしまったが、これは前々から感じていたこと。何故だか、若いブロガーたちはこの二人が大好きだ。初めに断っておくと、メンタリストDaiGoのことはよく知らない。彼が世間に出てきた時には、僕はテレビを全く観なくなっていたので、彼がどんな顔をしているのかさえ知らない。(今だって、この記事に書くために、名前の表記を確認するためにググってやっと、DAIGOではなくDaiGoという表記だと知った。)
僕の中では、アルファベットで「ダイゴ」といえば、「ウィッシュウィッシュ」言っていた竹下元総理の孫の彼を思い出すが、母に「今はメンタリストの方が有名だよ」だなんて、ツッコまれた。僕の浦島太郎具合も大したものだ。
DaiGoのことはさておき、ホリエモンのことはさすがに知っている。僕が彼を最後にテレビの画面越しに観たのは、例の逮捕された事件の時で、裁判所かどこからか出てきて、報道陣に対して深々と頭を下げていた(ような記憶がある)。
また、「ライブドアの株は売らない方がいい」なんてようなことも、言っていたのを覚えている。
さて、冒頭に書いたように、最近のブロガーはホリエモン(とメンタリストDaiGo)のことが大好きだ。どうやら、ブロガーという世界の人たちだけでなく、ホリエモンのことが好きな若者が、結構多いらしい。僕の中では、彼はヒルズ族の、金を稼ぐのが大好きな、逮捕された人。どう考えても、あんまり印象の良い人間ではなかった気がする。そんな彼が、何故、今では若者から人気を集めているのか。少し興味があったので、彼の本を読んでみることにした。
1日でオンラインからオフラインへ。ホリエモン情弱化なう
そんな訳で、今回図書館で借りてきて読んだのは、『ネットがつながらなかったので仕方なく本を1000冊読んで考えた そしたら意外に役立った』と『刑務所わず。 塀の中では言えないホントの話』だ。二冊とも、もちろん著者はホリエモンこと、堀江貴文。
この二冊を選んだことに、大した理由はない。図書館の予約が入ってなかったので、取り寄せやすかったとかそういった理由だ。本当は彼の人気の理由を探るには、彼が書いている自己啓発的な本を読むのが手っ取り早いとは思うが、止むを得ず。とはいえ、前者については、ホリエモンがムショで読んだ本は気になったし、後者は、実は半分くらい、以前読んだことがある。
まあそんな訳で、後者の、『刑務所わず。 塀の中では言えないホントの話』はまた別の記事で取り上げるとして、今回は前者の『ネットがつながらなかったので仕方なく本を1000冊読んで考えた そしたら意外に役立った』を取り上げる。
さて、本書。タイトルは読書好きにとっては少し癪にさわるが、まあこれは、明らかにネット世代に向けたものだろう。いかにも、2ちゃんねるのまとめサイトにありそうなタイトルだ。
新聞やテレビなどをオールドメディアと称し、そういうものに頼らず、インターネットで情報収集していたホリエモンは、入所した瞬間から、オフラインの世界へ。その言い渡された刑期は二年半。「強制情弱状態」から脱するために、彼が手にしたものは、スタッフが差し入れるブログやTwitterなどのプリントアウトと雑誌、そして1000冊に及ぶ本だった。
収監されるまでは、それほど本を読んでこなかったというホリエモン。そういえば本書のAmazonのレビューで、「東大に入った彼のことだから、ドストエフスキーなどの古典文学は、もちろん既に読んでいるんだろう」だなんていうものがあったが、本人がこうやって書いているくらいなんだから、きっと読んだことはないでしょうに。
本書は、そんな今まで読書とは縁がなかった彼が、堀の中で読んだ本の中から「キュレーション」された42冊に対する、書評本だ。また、後半には、彼が堀の中で本を選ぶ際に、大いに参考にしたという、書評サイト『HONZ』の成毛眞との対談も載せられている。
全体的にあっさり
本書で取り上げられている本のうち、僕が読んだことがあるのは残念ながら一冊もない。もしかしたら乙武洋匡著『五体不満足』はすこーし読んだことがあるかも、程度。あと『A3』の著者、森達也さんの、他の著作は読んだことがある。
読んだことがない本のことをこう書くのは、失礼な話ではあるけど、取り上げられている本は、解説を読む限り、全体的にあっさり目の印象。比較的読みやすい本が多いと思う。何より漫画作品だって入っているし。(まあこれは、彼のファン層に合わせたゆえであるのかもね)
あと、ホリエモンの本に対する考察や主張も、あっさり目。
最初の方に「日本人はもうちょっと”わがまま”になった方がいい」という節がある。
そもそも日本人ってなんで真面目が好きなんだ?と疑問に思ったホリエモンが手に取ったのは、『カレチ』と、『シャーロッキアン!』という二つの漫画作品。この二つの漫画作品から読み取れるのは、日本人の「真面目の美徳」の精神であると説き、「日本人のこの真面目さは、ときに商売の本日を否定しかねない」と主張する。
うーん、もう少し掘り下げが欲しいかなという印象を抱いてしまう。何故日本人は真面目が好きなのかという疑問にも、答えを導かないで終わってしまっているし。(まあ、これだけでも充分、本が一冊書けてしまう深いテーマだし、無理があると思うけど)
ビジネスとお金の話は、やっぱり大事
やっぱりホリエモンなだけあって、読んでいる本は彼の仕事に直接結びつきそうな本が多い。あと、お金のことを取り扱った本も多い。今、どうやらこの人は宇宙事業をやっているようだけど、堀の中にいた頃からその仕事に関連する本を多く読んでいたようだ。
また、田沼意次を再評価されている悪役人物として、「時代を読む力」がありすぎると、悪役にされると主張する。これは暗に、自身が正しかったと述べているのだろう。
成毛眞との対談は、読んでいてあまり気持ちよくない
あまり後半に収められている成毛眞氏との対談は、正直読んでいてあまり気持ちの良いものではなかった。まあ、彼らのことが好きな人にとってはたまらないのかもしれないけど。
どのような本が好きかという会話で、さくって読める本が本が好きと答えるホリエモン。
小説でも、複雑な風景描写を読むのは好きでなく、いらないという……。
また、文系の人間の好きな本のタイプについて、こう話す二人。(少し長いけど、そのまま引用)
成毛 反対に、悲しいくらい文系な人って、ストーリーはどうでもよくて、描写さえ美しければいいって人がいるもんね。極論すると、短歌・俳句とか、詩とか。こういうのを好む人たちのことは、理解できないよね、僕の場合。
堀江 うん。僕も理解できないですよね。そっち方面は。
(堀江貴文『ネットがつながらなかったので仕方なく本を1000冊読んで考えた そしたら意外に役立った』角川書店、2013年、189頁。)
と、まあ、こんな感じで、しばらく文系を馬鹿にしたような会話が続く……。
うーん、やっぱり確認のため、再度コピーした2ページだけ読んだけど、あまり気持ちのいい対談ではないな。なんだか、まだ読み終わってない川端康成の『雪国』の続きでも読みたくなってきたぞ。
国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった。信号所に汽車が止まった。
(川端康成『雪国』新潮社、1947年、5頁。)
うーん、この短文が続く書き出し。これだけで「雪国」というものを感じさせられる。すごいなあ。美しい。
こういう「複雑な情景描写」を、いいなあと思える感性があって、僕は「文系」の人間で良かったと思う。
とはいっても、僕の知り合いの方で、ものすごく理系のキャリアを持っていながら、ドストエフスキーが大好きで、よくドスエフスキーの小説の話を引き合いに出して、あれこれ書いている方もいるし。正直、文系とか理系でこうやって一刀両断に分別するのはよくないね、本当に。
なぜホリエモンは若者から絶大な人気を集めているのか。
結局今回は答えを出せていないので、また今後の記事で取り扱っていく予定。あと、2回くらいはこのネタは続くかも。
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