ブログのための文章力向上講座 インプット編——なにはともあれ、読書

イメージ画像 ブログに関する話

 前回、ブログにおいても文章力は必要で、「文章が上手くなりたいのなら、まずは文章に対して意識を向けることが肝心」といった記事を書いた。その意識を向けることの具体例としては、

  • 適切な表現か怪しい時は必ず辞書を引く
  • てにをはを意識
  • 身分不相応な言葉や表現を使わない

という、三つを挙げた。

 文章に対して神経を尖らせるだけでも、文章力は向上していくとは思うが、さらにそれに不可欠なのはインプットすること。言うまでもなく、読書だ。

まともな本を読む

 文章力を磨きたいのならば、まともな本を読むに限る。まともな本というと、随分と大雑把だが、こればかりは自身にとってのまともな本を見つけてもらう他ない。少なくとも離乳食のような最近のベストセラー本はひとまず避けて、多少堅苦しそうな本を読んでみた方がいいと思う。まずは岩波新書なんていかが?
 まともな本をそれなりの数読んでおけば自ずと文章力というのは上がるのでは? というのが正直なところ。少なくとも僕の場合はそうだった。

敬体よりも常体 文字が大きすぎる本も注意が必要

 決して敬体で書かれた本が悪いと言いたいのではないが、相対的に敬体で書かれた本よりも、常体で書かれたものの方が、より最低限のクオリティが保障されている気がする。また、やたらと文字の大きさが大きい本も、劣悪な本の可能性があるので注意が必要だ。

ブロガーの記事は真似しないほうがいい

 文章力を上げたいのならば、著名ブログも含めやたらと他人のブログを参考にしないほうがいい。言うまでもなく、素人が書いているブログ(もちろん僕のブログも含めて)が文章的に良いものとは決して言えないからだ。

ブロガーが愛してやまない人たちもあえて読まない

 また、ブログを書いている人間がこぞって読む本——例えばホリエモンやchikirin、イケダハヤト氏など——は、あまり読みすぎると、ありふれたネット記事の一つへと成り下がるだけなので、無闇に読まないほうがいいと思う。なお、「思う」という曖昧な表現に留めてあるのは、僕がそれらの本に対して馴染みがないからである。君子は危うきに近寄らずと心得ている。

究極の文章トレーニング——書き写し

 これは今僕がやっていることなんだけども、自分が尊敬する著者や作家の文章を書き写すことは非常に良いトレーニングになる。言ってみれば文一つ一つを、虫眼鏡を使って見るような感覚に近い。
 とはいえ、これはとても時間はかかるし、骨の折れる作業なので、ブログを書きたいといった人間は普通はそこまでする必要もない気がする。ブログを一歩超えて、もう少し上の次元で自分の文章を書きたいといった野望を持っている人は、是非挑戦してみてほしい。そういえば昔は天声人語を書き写すことが、文章力を上げるために必要なステップとされていたとか聞いたことがある。

終わりに

 良書をたくさん読んで、書く際は文章に対して常に意識を向ける。これだけで人並み以上には良い文章が書けるようになると思う。少なくとも僕はそうであった。
 もちろん僕だって、こんな記事を偉そうに書いておきながら怪しいところはたくさんあるとは思う。とはいえプロの物書きだって、編集者の目を通して完全なものになっているのだ。自分の文章を研ぎ澄ますことには常に意識しつつも、最低限のクオリティは維持できていればいいかなと、開き直ることも必要なことだろうと思っている。(じゃないと、神経質になりすぎて一文字も書けなくなってしまう)


前回の記事はこちら

ブログを書くにも文章力はあったほうがいい——文章力向上の第一歩は意識すること
 ブログを書いている人間が、きっと一度は考えるであろうこと——それは文章力について。多分をブログを始めたい人の中には、自分の文章力のなさが足枷になっている面もあるだろうし、また他方では著名ブロガーが大抵一度は文章力について書いた記事を投稿し...

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