【カネトショ】第三話 何もしなかった一日を題材にする

日曜日の夜の八時半。夕食をちょうど食べ終えたところ。お湯を沸かしてほうじ茶でも飲もうと思っている。世間の人々は明日からの一週間を思い出し、それぞれの憂鬱(ブルース)を心に浮かべているのかもしれない。だが、僕にはそんなことは無縁の話だ。理由は、わざわざ述べることもないだろう。

何もしない一日

今日は何もしなかった。本当に何もしなかった一日だ。本日一番の大きな出来事といえば、昼にあさりの酒蒸しスパゲティを作ったことだ。製作中に、写真をたくさん撮ったので、今度レシピをブログに載せようと思っている。

その他したことといえば、UbuntuをインストールしたThinkPad(lonovoのノートPCシリーズ)で、Spotifyで音楽を流しながら指の赴くまま、ネットサーフィンをしていたら貴重な時間を随分と無駄にしてしまった。自分に対する懺悔の気持ちも込めて、今はこれを書いている。

今日自分がみた、下らないネット上の記事についてヘイトを書き連ねようと思ったが、やめておく。

しかしまあ、自分のような暇な人間ならいいが、あの手の、読んでも心にも頭にも何も残らない三文記事が、忙しい社会人の貴重な通勤時間や休憩時間を奪っていると考えたら、とても恐ろしくなる。

あさりの酒蒸しスパゲティの写真

シチュエーション

今の自分の状況について説明をしよう。

まず、目の前には原稿用紙がある。当たり前だ。そこに、次から次へと青いペン(SARASA dry 0.5)によって、文字が埋め込まれていく。

原稿用紙の横に目を向けると、左手には電子辞書。その隣には、真っ赤なスマートフォン(Zenfone 2 Laser)だ。原稿用紙の左手には、彼女からもらって間もない、青の下地に赤と白のストライプが描かれたマグカップ。中はほうじ茶・・・・・・。ここいらで、一度ペンを置き、茶を飲もう。冷めてしまっては台無しだ。

目は原稿用紙に夢中だが、耳には安物のコンポから流れてくるジェームス・コットンのゴキゲンな音楽が流れこむ。アルバムはもちろん、レビュー記事を執筆中の”100% Cotton“だ。背後のサーキュレーターもまた、カタカタと異音を鳴らし、この空間に適度な雑味を加えている。これくらいが、ブルースにはちょうどいい。冷蔵庫の濁り酒に手を出したくなる。

と、まあ、これが今の僕の状況だ。もちろん、本当はテーブルの上には弟のiPhoneやノートPC、スプーンや箸など様々なものが置かれている(言うのを忘れていたが、僕は今、台所兼リビングといったスペースのテーブルに向かっている)。だが、これらの物にあえて注目する必要もないだろう。

小説家気取りで乗り切る

なーんて、何もない一日という題材から、なんとか原稿用紙三枚を埋めてみた。誰であったか忘れてしまったが、一人の小説家が「自宅から近所のタバコ屋にタバコを買いに行くことだけでも、原稿用紙百枚は書ける」というようなことを言っていた。

だからこんなの、なんのことはない。楽勝だ。
読者が面白いかはともかく。

本日の読書:近藤康太郎『朝日新聞記者が書けなかったアメリカの大汚点』講談社、2004年

※結局あさりの酒蒸しスパゲティのレシピも、ジェームス・コットンの『100% Cotton』についても未だにブログ記事にしていない。

原稿用紙での執筆日:6月4日