【書評】『世渡りの技術――年間生活費50万円は可能だ!』

世渡りの技術の表紙 書評

最近、もっともハマって読んでいるのが、料理研究家、魚柄仁之助さんの本だ。今年の3月から弟と二人暮らし生活になった僕は、当然必要に駆られて料理を始めた。そして、日々料理を作る上で、多いに参考にしているのが魚柄さんの本。魚柄さんの本は、少し変わっている。一般的な料理レシピ本と違って、基本的に材料や調味料の分量も細く書かれていなければ、写真もない。

と、こう書くと「分量や写真が載っていないなんて、なんて不便な料理本なの!」なんて思う人もいるかもしれないが、実は、ここが彼の本のいいところだったりする。必然的に、精一杯自分の頭で考えて、感じて料理をすることになるので、レシピが頭に入っていくのだ。

この点、普通の懇切丁寧に書かれてたレシピ本だと、ただ、レシピ通り作っていけばいいので気持ちは楽だが、頭を使わない分、なかなか頭に入っていかない。まあ、ただコピーをしているようなものだ。それに、どうしても、レシピ通り、同じ材料と調味料を揃えなきゃいけない気もしてしまう。レシピにトマト三個なんて書かれていて、手元にトマト二個しかないと、本当に作れるのか、心配になってしまう。本当は、ただ、トマト三個と言っても、モノによって、一個あたりの大きさも違うのに。

まあ、他の本で魚柄さん本人が書いているように、この分量の問題なんかに関しては、「調味料の分量を正確に書け」と読者から言われることも時たまあるとのことだけど、こんなこといって、はねのけている。

この水と醤油とみりんの量を正確に書けと言ってきた御老人(男)がおりましたが、書きませんよーだ。アンタと私じゃ、味覚が違うでしょ。あたしだって夏と冬じゃ違うし、疲れているときと酒飲んだ後では食べたい味は全く違ってくるんです。調味料は示したんだから、あとはアンタの五感で決めることだし、それがアンタにとって最も合う味になる理屈でしょ。
(魚柄仁之助『一千万人納得!! うおつか流食生活かくめい』講談社、1998年 、237頁)

とまあ、彼にとって、レシピを書かないことは、ポリシーのようだ。(笑)

自らの手で仕事をつくる

前置きが長くなってしまった。
今回取り上げる本、魚柄仁之助著『世渡りの技術』は、魚柄さんの本の中では少し変わり種で、料理本ではない。19歳で親元を離れてから53歳(出版当時)になるまで、約35年一度も就職をせずに、自らの手で仕事を作り出し、収入を得てきた彼が書いた、生き方の指南書といった内容だ。彼がこれまで行ってきたことや、好きなもの、そして彼の哲学・・・そういったものが書き連ねられている。

だから、間違っても初めて彼の本を読む人には勧められない本だ。そういう人には、彼の料理本をまず読むのがいいだろう。『ひと月9000円の快適食生活』やデビュー作の『うおつか流台所のリストラ術ーひとりひとつき9000円』なんかがおすすめだ。

魚柄さん本人が常々自著の中で述べているが、この人、相当変わり者だ。
20代前半で自転車とバイクの修理好きが高じて、宇都宮の片田舎で二輪車屋を開業。その後、七年間在籍していた大学はリタイアし、東京に移り、バブル景気の隙間を狙って、古道具屋を開業。その古道具屋も所詮バブル期だけのものと考えていたので、古道具屋をやりつつ、今後は食文化の物書きとなるべく研究を重ね、晴れて、『うおつか流台所のリストラ術ーひとりひとつき9000円』でデビューを果たし、それが大当たり。その後は50冊以上の本を書き、連載の仕事も月に10〜20本。また、講演でも活動・・・と、彼の歩んできたそれまでの人生を見てみるだけでも、相当変で、かつ世渡り上手なのがうかがい知れる。頭のいい人間なのだ。

だから、こんな変わった生き方をしてきた人物が説く人生論を、普通の人間が取り入れようとしても、正直に言って無理だろう。
派遣切りやリストラ、中高年の就職活動に対して、「仕事をもらうのではなく、自ら仕事を創設する能力をつけなきゃ、自分の所得は他人まかせってことになっちまいますぞ。」なんて言われてもねぇ。大多数の日本人にはそれができないから困っているんだし・・・。

とまあ、少し否定的に書いたが、とはいえ、だ。
この本、少なくとも僕はとても面白く読めたことは伝えておく。

おいどん、ダイランになる

やっぱり自分にとって最も興味深かったのが、彼の音楽観だ。14歳でギターを始めた仁之助少年の憧れは、かのボブ・ディラン。「わだはゴッホになる」といった棟方志功さんのように、仁之助少年は、「おいどん、ダイランになる」だった。
もちろん、本当の読みは”ディラン”だが、英語が苦手だった彼はDylanを”ダイラン”と読んでしまったのだとか。

高校の頃には、箱バンの仕事をしていたというし、20〜30代のときにはマニアックな音楽に進み、黒人ブルースやカントリー、マウンテンミュージックにハマり、その後はアイリッシュギターをやったりしたらしい。
なんだか読んでいて、勝手にどんどん親近感を持ってしまった。この人、ギターの腕前もまた相当なものに違いない。

アナログ的ケンサクで個性を出す

万年筆と原稿用紙で原稿を書くスタイルを一貫している魚柄さん。そんな超がつくアナログ人間の彼ゆえの、インターネットに対する彼の考えもまた、興味深かった。

意外にも、彼はインターネット自体には、否定はしていない。インターネットでの宣伝効果は重々承知している。彼が、否定的なのは、調べ物をなんでもかんでもインターネットで済ませてしまう現代人の姿勢だ。

例えば、雑誌でBSEや食料自給率など、なんらかの事柄を取り上げられるとする。
その場合、編集者たちは皆インターネットで検索して調べて記事を書くから、どの出版者でも、その特集の内容は殆ど同じで、つまらないと書いている。

これはまさに現代に生きる情報を発信する人間は、深く考えるべき課題だろう。
Wikipediaで調べたことを多少語尾をいじくり、記述内容を前後させて原稿を提出するなど、楽に単位を取りたい大学生がやることだ。プロがやることではない。

世の中の多くの人がインターネットで調べ物をしている中で、アナログ的ケンサクを続けていれば、確実に差別化できるんですね

(魚柄仁之助『世渡りの技術』SBクリエイティブ、2009年、146頁)

知りたいことを、手元のスマートフォンで検索すれば、一瞬で解決できる現代。
かつて、テツ and トモの「なんでだろ〜」というネタが流行り、2003年に新語・流行語大賞にもなったが、ここ最近では、「なんでだろう」という疑問を持って自分の頭で考えることが、随分と難しくなった。

こんな時代だからこそ、一見極めて効率の悪そうな手法である、文献を読んで、人々に聞き込みをするとった彼の言う「アナログ的ケンサク」は大きな力を持っているのだろう。

終わりに

魚柄仁之助さんは、とても変わった人だ。風貌からして、怪しいおいさんである。
こういう人だからこそ、ギスギスしたこの現代で、「人並み」な人生を送ろうとするのに疲れた僕みたいな人間には、とても魅力的に映るのだろう。

少し変わった「世渡りの技術」を身につけたい方、一読してはいかがだろうか。

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