アルバム紹介・解説|シガー・ロス『( )』名前すらないアイスランド出身ポストロックバンドの旅
名前すらない旅の途中なのだと思った。
シガー・ロスの音楽は、基本的に心地がよい。海の底にいるような穏やかで美しい楽曲はもちろん、たとえ轟音であっても、歪んだギターを鳴らしていても、胸がギリリと締め付けられるような矛盾した心地よさがある。
しかし、このアルバムにはあまり心地のよくない音楽もいくつか紛れ込んでいる。眉をひそめて、ああ早く終わってくれと願わずにはいられないような、まるで心地のよくない旋律の繰り返しがある。
と言っても、その「心地よくなさ」を批判するつもりはない。このアルバムを通して聴くと、それらの心地よくない音楽が必要であることを実感する。
心地よくなさがアルバム全体のバランスを保っている
シガー・ロスの音楽は宗教のようだとも思う。そんなつもりはないのかもしれないが、私たちは厳かで壮大で荘厳な音に圧倒され、時に置いていかれたような気分になりながらも、心を奪われたまま耳をふさぐことができない。
地球どころか宇宙を探したって、こんな音楽を生み出すことができるのは彼らしかいないのではないかと錯覚してしまう(錯覚かどうかはわからないし、そんなことを追求するつもりもないけれど)。
1曲目、2曲目はずっと夢を見ているような感覚だ。
しかし、3曲目に入ってそっと鍵盤の音が重なり、これからなにかすごいことが起こるんじゃないかという予感に苛まれながら、その予感は現実に変わる。いつまでも終わらないでほしいと願ってしまう、そんなとびきりの美しい音楽だ。
幾度となく繰り返されるメロディがひとつのクレシェンドで勢いを増していくような作りは、音楽を聴く者の喉の奥でせり上がるような感情を音楽とともに吐き出してくれるような気がする。
一転して4曲目は、大自然を思わせるような楽曲だ。まさに祖国であるアイスランドのような、豊かでありながら目まぐるしく変わり続ける空や大地や水のような音に、気づけば押し流されている。生命の息吹さえ感じさせる。ただ音楽を聴いているだけなのに、なんて素晴らしい景色なんだろうと大層なことを考えてしまうような、そんな音楽だ。
アルバム後半はなんともぐじゃぐじゃしたような感情が襲ってくる。叫びながら走りだしたくなるような、地響きのようでいて心霊現象のような旋律が続く。このあたりに妙な「心地よくなさ」が集まっている。
それでも、このアルバムをまた頭から通して聴こうとすると、やはりこっそりと混じっている心地よくない曲が妙なバランスを保っていることを実感する。この「心地よくなさ」の心地よさの正体は、きっと音楽のバランスなのだと思う。あまりに強く美しい音楽ばかりでは、きっと私たちはつぶされてしまうだろう。
色々なものを見て、感じて、ゆらゆらとバランスを取りながら、彼らの旅はまた続いていく。次はどんな旅を私たちに見せてくれるのだろうか。
Sigur Ros – ()|アルバム情報
リリース日時 | 2002年2月16日 |
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ジャンル | ポストロック/アンビエント |
収録時間 | 71分46秒 |
レーベル | Bad Taste |
ヨンシー・ビルギッソン、ゲオルグ・ホルム、アウグスト・グンナルソンによって結成されたアイスランドを代表するポストロック/アンビエント系バンド、シガー・ロスの3枚目のアルバム。2002年発売。全収録曲はおろか、アルバムタイトルすら無題として、取り払われてしまった前衛的な1枚。
本作品から脱退したアウグスト・グンナルソンの後任として、オーリー・ディラソン(Orri Páll Dýrason)がドラマーとして加わった(2018年には性的暴行事件の疑惑により脱退となった)。
モスフェットルスバイル(Mosfellsbær)内のアラフォス(Álafoss)という小さな村にある、彼らのプライベートスタジオで制作された最初の1枚でもある。
収録曲一覧
- Untitled (“Vaka”)
- Untitled (“Fyrsta”)
- Untitled (“Samskeyti”)
- Untitled (“Njósnavélin”)
- Untitled (“Álafoss”)
- Untitled (“E-Bow”)
- Untitled (“Dauðalagið”)
- Untitled (“Popplagið”)
※この記事は、以前筆者が運営していた音楽サイト「バンド部ねっと」から移行した記事となります。