アルバム紹介・解説|シガー・ロス『アゲイティス・ビリュン』2019年には20周年記念盤も発売!

音楽レビュー
シガー・ロス「アゲイティス・ビリュン」ジャケット

まさに船出のようなアルバムだ。

日本語で「良き船出」という意味のÁgætis byrjun。といっても、一般的な船出のイメージとはちょっと違う気がする。普通、船出という単語は「明るく」「楽しく」「未来に向かって」といったような、前向きで外に向かうような印象を与える(少なくとも筆者はそう思っている)。

けれど、海に放り出されたような浮遊感や、時々混じるノイズやサイケデリックな音は相変わらずみょうちきりんだし、船出と言うにはあまりにも複雑すぎるくらいにさまざまな感情が渦巻く作品だ。

太陽が地球の裏側にある時、真っ暗闇の夜にこっそりと船出を決意する。誰にも気づかれず、少しずつ大きくなる期待と不安に胸を膨らませながら、それでも強い意志を持って旅立ちの一歩目を踏み出そうとするような、そんな船出を感じさせるアルバムとなっている。

1stアルバムから一転、こちらに歩み寄ってきた今作

1曲目である「intro」から2曲目の「Svefn g englar」までは、シガー・ロスらしい美しく穏やかな旋律でありながらどこか不安げな響きの感じられる曲だ。まるで夢でも見ているかのようにゆらゆらと繰り返される音楽に身を委ねていると、悪い夢でも見ていたかのようなノイズが聞こえてはっと目が覚める。

3曲目の「Staralfur」からは静かに、しかし強く明確な意思を持った音楽に乗せて船出が始まる。そう想像してしまうような強さの感じられる曲だ。でも、もしかしたら船出を祈っているだけかもしれないし、まだどこかで夢を見ているだけなのかもしれない。

ファーストアルバム『Von』の発売から約2年。彼らの中で音楽に対する何かが大きく変化したことは、紛れもない事実だろう。時おり実験的な旋律や複雑怪奇な雑音を鳴らしながらも、聴衆の心に踏み込もうとする意志が感じられる。

決してファーストアルバムを過小評価しているわけではないが(それでもファーストアルバムはかなりの曲者だと思うが……)、どこか一方通行に感じられた前作と比べると少しこちらに歩み寄ってくれたような気持ちにもなる。

それでも、いかにも「シガー・ロスらしい」心地よい音に身を委ねていると、突然「そんなのは夢だよ」と言われて、冷や汗をかきながら飛び起きなければいけないような音楽がたびたび現れる。船出を決めた彼らは私たちに気づかれないように歩みを進めるけれど、気まぐれに寄り道をしながらこちらにちょっかいをかけてこっそりと笑っている。そんな気がしてならない。

このアルバムは、後半で一気に舵を進め、クライマックスへと向かう。大自然とも、宇宙ともとれる壮大で鮮やかな音の響きに誰もが心を奪われるだろう。まるでこの世界の全てに船出を祝ってもらっているかのような、そんな1枚である。

Sigur Ros – Agaetis Byrjun|アルバム情報

リリース日時 1997年6月14日
ジャンル ポストロック/アンビエント
収録時間 71分59秒
レーベル Smekkleysa

ヨンシー・ビルギッソン、ゲオルグ・ホルム、アウグスト・グンナルソンによって結成されたアイスランドを代表するポストロック/アンビエント系バンド、シガー・ロスの2枚目のアルバム。1999年発売。本作品からキーボーディストのキャータン・スヴィーンソンもメンバーに加わった。

シガー・ロスのその後の成功を決定づけるきっかけともなった、音楽的にも商業的にも成功した1枚。翌年2000年には英国で、その翌年の2001年には米国でもFatCat Recordsからリリースされた。

2019年6月21日には、本作品の20周年記念として、未発表音源を含んだ記念盤がリリースされることが決定した。

収録曲一覧

  1. Intro
  2. Svefn g englar
  3. Staralfur
  4. Flugufrelsarinn
  5. Ny batteri
  6. Hjartad hamast
  7. Vidrar vel til loftarasa
  8. Olsen olsen
  9. Agaetis byrjun
  10. Avalon

※この記事は、以前筆者が運営していた音楽サイト「バンド部ねっと」から移行した記事となります。