アルバム紹介・解説|シガー・ロス『Valtari(遠い鼓動)』事実上の活動休止は本作の発表によって打ち切られた
シガー・ロス至上、最もアンビエントへと振り切った作品だ。
シガー・ロスの、シガー・ロスらしい美しく穏やかな部分だけをそっとすくい取ったような1枚である。だけどシガー・ロス「らしい」なんてものすごくおこがましい言い方で、彼らが「彼ららしい」と望む音楽がどんなものだかはわからない。
けれど、どこまでも美しくて、不安定で、幻想的で、すぐ壊れてしまいそうで、まるで海の底に沈みながら天に昇っていくような、やはり彼ららしいなと感じる音楽がぎゅっと詰まった1枚だ。
シガー・ロスをアンビエントとして聴くならば、紛れもない傑作
前作『残響』や、前々作『Takk…』のようなとっつきやすさはまったくなくなった。また、強い喜びや「嬉しい」「楽しい」などといったわかりやすくポジティブでパワーのある感情もまるでどこかに行ってしまった。
代わりに初期の作品を彷彿とさせる音の歪みや不安・緊張といった感情がゆらゆらと、静かに渦巻いている。それらの不安定さをヨンシーの繊細な声と多彩な楽器の音色でまるごと包み込み、彼らの美しい音楽へと見事に昇華させている。
全編を通して彼らの音楽はただ美しく淡々と、曖昧に、そして延々と繰り返される。圧倒的なパーカッションの少なさのせいだろうか。あるいは、完全に歌ではなく楽器として音楽と一体化しているヨンシーのボーカルのせいだろうか。
特に後半部の楽曲においては完全にアンビエント音楽のようで、長くたゆたうだけのような旋律が続いてゆく。どこまでも心地よく、覚めない夢の中をさまよっているような気さえしてくる。
もしかしたら、前作や前々作のような強い喜びに満ち溢れるような音楽や、初期のようなサイケでより影の濃い音楽を求めていた人々はどこか物足りないと感じるかもしれない。途中で曲を飛ばしてしまうかもしれないし、しまいには聴くことをやめてしまうかもしれない。それくらい今作はアンビエント的な音楽へと大きく振り切っている。
実際に、本作は「マンネリだ」「物足りない」などと評価されることも多かったようだ。
しかし、初めから終わりまでどの曲をとってもとびきり美しく、幻想的で繊細で、シガー・ロスらしい作品である。そこに強いメッセージやエネルギーのようなものはないのかもしれないけれど、水や空気のようにそっとそこに居てくれるような音楽が一部の隙もなく、隅々まで詰め込まれている。
もしもこのアルバムをアンビエントとして聴こうと思っているのであれば、『Valtari』は間違いなく、紛れもない傑作である。
Sigur Ros – Valtari|アルバム情報
リリース日時 | 2012年5月23日 |
ジャンル | ポストロック/アンビエント |
収録時間 | 54分36秒 |
レーベル | パーロフォン |
ヨンシー・ビルギッソン、ゲオルグ・ホルム、アウグスト・グンナルソンによって結成されたアイスランドを代表するポストロック/アンビエント系バンド、シガー・ロスの6枚目のアルバム。2012年発売。
前作の『残響』以降、大々的なツアーに乗り出した彼らがツアーの合間を縫って4年の長い期間を掛けて制作した1枚。ボーカルのヨンシーはソロ活動に専念していたりと、事実上の活動休止状態だったシガー・ロスの再始動ともいえる作品でもある。
ファンの中には「マンネリだ」「物足りない」などと酷評を投げる者もいる一方で、商業的にはバンド史上最も成功した作品であり、米国「ビルボード200」では7位、英国アルバムチャート「OOO」では8位を獲得した。
本作の制作には非常に難航したそうで、ようやく苦しい製作期間を終えられた反動からか、次作『Kveikur』は本作の約11ヶ月後という早いスパンで発表されている。
収録曲一覧
- Ég anda
- Ekki múkk
- Varúð
- Rembihnútur
- Dauðalogn
- Varðeldur
- Valtari
- Fjögur píanó
※この記事は、以前筆者が運営していた音楽サイト「バンド部ねっと」から移行した記事となります。