アルバム紹介・解説|シガー・ロス『残響』

音楽レビュー
Sigur Ros - 残響|ジャケット画像

尻! 尻が丸出しのこのアルバムのアートワーク、実は評判が良くないらしい。だけど、まるで本当に尻を丸出しで駆けだしたくなるような、そんな親しみがありながらとても解放感のある1枚だ。

彼らは確実に変わり続けている。『残響』までに数枚のアルバムをリリースしているはずだが、そこにはひとつも似たような雰囲気を持つものがない(もちろんどの作品もシガー・ロスとしてのひとつの意思や特徴を持った音楽ばかりなのだが)。

前作『Takk…』で数々の賞を受賞したにも関わらず、今作は前作とは全く異なる作品となった。『Takk…』に存在する溺れそうなほどの喜びの感情は、『残響』で心地よい程の水かさになった。また、より親しみやすく、身近で心に寄り添ってくれるような楽曲も増えたように思う。

どこか幻想的で現実離れしていた彼らの音楽がそっと近づいてきてくれて、彼らと彼らの音楽をこちら側でともに楽しむことを許されたような気がした。むしろ、彼らが「楽しんでくれよ」と伝えてくれているような気さえする1枚だ。

親しみやすさと開放感を兼ね揃えた1枚

『残響』は、これまでにはない雰囲気の(まるでポップなのではないかと思わせるくらいの)曲から始まる。彼らの音楽を聴いて身体が動くようなこともあるのだな、と思う。

2曲目の「Inni mer syngur vitleysingur」では、アイスランドの大自然の中、街の人々が彼らとともに合奏を楽しんでいる様子すら想像できる(余談だが、『残響』は彼らが初めてアイスランド国外でレコーディングした作品である)。

アルバム中盤にかけてはどこか親しみやすい楽曲が続き、身体じゅうで彼らの音楽を喜び、そしてめいっぱい楽しむことができるだろう。

そして5曲目の「Festival」で、この作品は一度目のクライマックスを迎える。ゆっくりと穏やかに、語り掛けるような出だしから始まり、ほんの少しの静寂の後にクレシェンドの続くドラマチックな展開が訪れる。

それまで隣で一緒に楽しんでくれていた彼らは、「ちょっと行ってくるね」と言わんばかりに上へ上へとどこまでも昇っていく。上り詰めた音楽は頭上で弾けて、まるで音の粒が降ってくるような感覚に襲われる。そこからこのアルバムは一瞬息をひそめるのだが、しかし強くまっすぐに私たちの隣で音楽を鳴らし続ける。

7曲目「Ára bátur」で2度目のクライマックスを迎えたあとは穏やかな曲が続き、尻をベロンと出しながらうたた寝できるほどの心地よい音楽に包まれる。それでもやはり、この心地よさはこれまでのような幻想世界の中ではなく、隣でともに呼吸をしている現実のものだと実感できる。

シガー・ロスはどこまでも変わり続けるのだろう。

Sigur Ros – Með suð í eyrum við spilum endalaust|アルバム情報

リリース日時 2008年6月20日
ジャンル ポストロック/アンビエント
収録時間 55分36秒
レーベル XLレコーディングス

ヨンシー・ビルギッソン、ゲオルグ・ホルム、アウグスト・グンナルソンによって結成されたアイスランドを代表するポストロック/アンビエント系バンド、シガー・ロスの5枚目のアルバム。2008年発売。

当初はすべての楽曲の歌詞は英語によって書かれたが、後に母語のアイスランド語が一番自然ということで、アイスランド語に訳されたり、全く新しい歌詞を載せられたりして完成した。アルバム最後の曲の「All alright」のみそのまま英語の曲として発表され、彼ら初の英語の曲となった。

彼ら初のアイスランド国外でレコーディングした作品でもあり、録音場所の一つにはビートルズなどで有名なアビーロード・スタジオも含まれている。

本作収録曲の「Inní mér syngur vitleysingur」は、2011年に公開された蒼井優主演の映画『たまたま』の主題歌としても使用された。

なお、尻を丸出しにして駆けている印象的なジャケット写真は、アメリカの写真家ライアン・マッギンレーによるもの。なお、マッギンレーは2018年にはここ日本でも個展が開かれた。現在最も脚光を浴びる写真家の一人。

収録曲一覧

  1. Gobbledigook
  2. Inní mér syngur vitleysingur
  3. Góðan daginn
  4. Við spilum endalaust
  5. Festival
  6. Með suð í eyrum
  7. Ára bátur
  8. Illgresi
  9. Fljótavík [Explicit]
  10. Straumnes
  11. All alright

※この記事は、以前筆者が運営していた音楽サイト「バンド部ねっと」から移行した記事となります。