アルバム紹介・解説|シガー・ロス『Von(希望)』アイスランドを代表するポストロックバンドの幻のデビュー作!

音楽レビュー
シガー・ロス「Von」ジャケット

人は何のために音楽を聴くのだろうか。

リラックスするため。やる気を出すため。失恋を癒すため。あるいは単に、誰かの音楽そのものが好きだからという場合もあるだろう。音楽を聴く理由には間違いも正解もない。

Sigur Ros(シガー・ロス)の『Von』(邦題:希望)は、Sigur Rósを想うための1枚だ。このアルバムを初めて聴いたときに、なんとなくそう思ったことを覚えている。

彼らの音楽はすべてがとても美しく、凛々しく、時に激しい自然を想わせる。生きる喜びや苦しみ、命の輝を実感することができる。今、自分がここにいることを教えてくれる。少なくとも、『Von』を聴くまではそう思っていた。

アイスランドの自然よりも巨大な引力を持った作品

『Von』を聴くと混乱する。例えば、聴こえてくるのは女性の悲鳴や、甲高いサイレン……、やっと穏やかになったかと思えば、すぐに嵐のような轟音が聴こえる。目の前が揺れるようなノイズと不協和音。酷く低俗な表現をすると、このアルバムは精神病者の心情や、鬱々とした人間の情緒不安定さを体現したかのようにも思える1枚なのだ。

一体誰が、なんのために、どういうときに聴けというのだろう。Sigur Rosの響きの良い音楽ばかりを好んで聞いていた筆者は、混乱するしかなかった。

アルバムのタイトルにもなっている「Von(希望)」は、本作品の9曲目に同じタイトルの楽曲として登場している。静かで、穏やかで、筆者が彼らに軽率に期待していたような美しい楽曲だ。そして間もなく、鐘のような、街の雑音のような、足音のような音が聴こえてくる。また不安になる。

一体彼らは何を想ってこんなわけのわからない作品を創り上げたのだろう。混乱は続く。そして気が付く。この1枚を聴いている時に、私はSigur Rosのことではない何かを想うことができない。

彼らは何を想い、何を考え、どんなわけがあってこの歪な作品を創り上げたのだろうか。この音楽の正体は一体なんなのだろうか。繰り返し繰り返し、そればかりを想うことしかできない。『Von』の引力はアイスランドの自然よりも巨大で、それは何度聴いても変わらなかった。

『Von』という1枚において、彼らには何か明確な目的があったのかもしれないし、伝えたい何かがあったのかもしれない。でも、タイトル通り「希望」を歌っているとしたら、私は彼らの思うような希望を想像し、理解することは永久にできないだろう。

それでも私は、『Von』を聴きながらSigur Rosについてあれこれ思索している時間をとても愛おしいと思うし、また聴かずにはいられない。

Sigur Ros – Von|アルバム情報

リリース日時 1997年6月14日
ジャンル ポストロック/アンビエント
収録時間 71分59秒
レーベル Smekkleysa

ヨンシー・ビルギッソン 、ゲオルグ・ホルム、アウグスト・グンナルソンによって結成されたアイスランドを代表するポストロック/アンビエント系バンド、シガー・ロスの記念すべき1枚目のアルバム。1997年発売。

初回リリース時はアイスランド盤のみだったため世界的に入手困難となったが、翌年の1998年にリミックス盤として再発売され、一躍その名を知らしめるきっかけへとなった。

収録曲一覧

  1. Sigur Ros
  2. Dogun
  3. Hun Jord
  4. Leit Ad Lifi
  5. Myrkur
  6. 18 Sekundur fyrir solaruppras
  7. Hafssol
  8. Veroid Ny Og Od
  9. Von
  10. Mistur
  11. Syndir Gugs (Opinberun Frelsarans)
  12. Rukrym

※この記事は、以前筆者が運営していた音楽サイト「バンド部ねっと」から移行した記事となります。